吴音で游ぶ《原神》璃月:プレイアブルキャラ編

われをよめ

本記事はnoteで公開した《吴音で游ぶ〈原神〉璃月:プレイアブルキャラ編》の移植本です。はてなブログだとフォントとかもろもろを弄って想定通りの表示に近づけられるので,漢字やカナの表記法を夏コミに出した本と同じにしてみました。微妙に表現や誤字を直したこと以外の内容はnote本と同一なので,難しいと感じるひとにはそちらをオススメします。

miHoYoが勝手に言ってゐるだけ

最近,my gearをnewしたのですが,同時にその性能を活かせさうなゲームとして《原神》といふものを始めてみました。來年の夏コミ用の原稿を進める時間が90%溶けるくらゐ面白いです。もっと早くから始めてゐたら今年の夏は無かったなこれ。危なかった。

さて,私の本分は古代中國語と漢字音の言語學徒なのですが,その觀點からはこの《原神》はなかなか困惑する部分が多くあります。
このゲームには“璃月”といふ中國をモデルにした地が存在します。そのため,中國語の名詞/固有名詞が數多く登場するのですが,その日本語譯が私の想定と違ふ,もとい,間違ってゐるものが多いのです。
例へば,いま“璃月”って正しく發音できましたか?さうですね,“リガツ(リグヮツ)”ですね。少し讓って“リゲツ(リグツ)”でもまだ良しとしませう。
……のはずなのですが,なんと公式日本語譯は“リーユエ”です。まぁ公式が勝手に言ってるだけではあるのであまり氣にしなくてもいいのですが,一往これは現代標準中國語“Líyuè”の音譯に由來するものです。
ここで“なるほど,《原神》では現代中國語の音譯を使ふんだな”と,どの譯もみんな統一的に間違ってゐたのならまだよかったのですが,そんなことはなく。ときに音譯,ときに日本語漢字音,果ては逐語譯(?!)とパターンが統一されてゐません。ひどい。

ともあれ泣いてゐてもしゃうがないので,本記事で璃月に關連した言葉の正しい日本語譯と,公式が陷った過ちについてまとめてみました。
對象が多いので今回はプレイアブルキャラクターだけを取り上げます。地名はともかくNPCとかやりだしたら本當に原稿が落ちちゃふ……。

對象と方針

今回,正しい譯語を調查するひとたちはこちら。順番は個人的な趣味によって古代中國語順なので,念のためここにそれも書いておきます。

  1. 白术:Brakdryt
  2. 七七:Chitchit
  3. 重雲:Dryuŋxyun
  4. 夜蘭:Jiâlan
  5. 瑶瑶:Jieujieu
  6. 甘雨:Kamxyó
  7. 刻晴:Khəkdzieŋ
  8. 凝光:Ŋiəŋkuaŋ
  9. 北斗:Pəktú
  10. 烟緋:Qenpyui
  11. 香菱:Qhiaŋliəŋ
  12. 魈:Sieu
  13. 辛焱:Sinjiêm
  14. 申鶴:Shinxak
  15. 鍾離:Tyoŋlie
  16. 胡桃:Xo Dau
  17. 行秋:Xraŋchyu
  18. 雲堇:Xyun Grîn

日本語譯ルール

以下のルールに從って正しい日本語譯を調查します。

  • 中國語の漢字表記を現代日本語の吴音で發音したものを正しい譯語とします。その他の譯法として漢音やそれ以外の日本語漢字音,また音譯などは全て間違った譯語とします。
  • 吴音は資料吴音を第一とし,その簡便のため《漢辭海》第4版に記載のものを采用します。その他の漢和辭典(特に《大漢和》等の大型辭書)はこの點においては特に役に立たないので利用しません。
  • 吴音が複數存在する場合は,裏でいろいろ考へてもっともらしいはうを采用します。特に經緯について言及はしません。
  • 《漢辭海》に吴音,または漢字そのものの記載がないときは,代替として演繹吴音を古代中國語から導出して采用します。このとき,反切歸納ではなく同音推定を優先して用ゐます。
  • 漢字については繁體字を正しい字體とします。基準は《通用規範漢字表》記載の繁體字(規範字またはその繁體字)です。ただし,本文は都合により現代日本表記です。

注意:“正しい”について

えー,念のためですが,本記事における“正しい”はほぼ全て冗談です。言はせんな。
ただ冗談と言っても統一的な基準はあり,それをルールに記載しました。そのルールに沿ってゐる/沿ってゐないといふ意味では普遍的に“正しい/間違ってゐる”と言ふことができます。
言語學は(究極的には)言葉の正しさを追究する學問ですが,この“言葉の正しさ”は世のひとの99.9%が考へてゐるそれとはほぼ真逆のものです。説明が面倒なので“言葉の正しさを追究する學問ではない”と言っちゃふこともあります。
まぁつまり,なんだ,冗談とは言ったんですが,これも實際は冗談ぬきで“正しい”ではあるんです。……まぁ言語學をやってないひとは誤解しやすいので“基準のある冗談”と考へてください。本氣でさう思ってゐるわけではない,ここのルールを超えて“正しい”と考へてゐるわけではない,といふ意味での“冗談”です。
ただ,譯語の方式が不統一なのはあまり良いと思へないと考へてゐることは本當です。これについては確實なデメリットがあるので。

ところでこれも誤解がよくあるんですが,“言語學”と“語學”はJavaJavascript以上に違ふものです。ポケモンSVのセイジ先生がやってたのは“言語學”と名乘ってゐましたがあれは(ほぼ)語學です。期待して授業うけたのにシラバス詐欺なんて許さんからな。

正しい譯語たち

1. 白术:“ビャクヂュツ”,公式譯“ビャクヂュツ(ビャクジュツ)”

いきなり公式がちゃんと正しい。幸先がいいですね。もっとも,これに關してはすでに“白术”といふ(中國語由來の)言葉が日本語にあるので,それを取ってきただけな氣がしなくもないですが。
漢音では“ハクチュツ”になります。一氣にカハイイ感じに。“チュツ”といふ日本語漢字音はなかなか現代日本語で表れないはうで,他に例をパッと思ひつくひとはあまりゐないのでないでしょうか。私は無理でした。まぁ韵書を引いたらいっぱい出てきたので字としてはそこまで少なくもないです。
ところで日本語版では下字が“朮”ですが,正しくは“术”です。これは异體字どころか字形差レベルなので正直どっちでもいいとは思ひますが……。まぁ常用漢字Unicodeが惡い。
ちなみに《爾雅·釋草》“术山薊”の疏に陶注を引いて“有兩種白术葉大有毛甜而少膏赤术葉細小苦而多膏是也”とあり,これ(といふよりここにある植物名)が元ネタでせうかね。

2. 七七:“シチシチ”,公式譯“ナナ”(逐語譯より)

お次は公式が間違ってゐるものです。幸先が不安になった。
“七”の現代日本語漢字音は慣例的に(吴音の)“シチ”なので,“七七”の譯として“シチシチ”はそこまで違和感はないではないでせうか?促音化させて“シッシチ”とすればもっと傳統感が出るのでそっちでもいいかもしれません。一往,類例として“シッショ(七書)”があるみたいです。
公式の“ナナ”は訓讀み系の譯です。まぁ日本人の名としてはありうる讀みでしょう。ただ,“訓讀み”と言へばまだ聞こへはいいかもしれませんが,やってることは漢語の逐語和譯です(しかも“ナ”は省略形)。架空作品以外でさうすることはまづないので,個人的にはあまり好みではないです。(まぁでも考へてみれば現代中國語で日本語和詞固有名詞を言ふときも逐語譯してますけれども。)
たぶん,“シチシチ”だとあまり可愛くないとかさういった理由で逐語譯を采用したのでせう。現代中國語“Qīqī”から“チーチー”とかでもいいとは思ふのですが。

漢音では“シツシツ”(または“シチシチ”)になります。“シツ”は現代日本語漢字音としてもう息をしてゐないので,もはや辭書上のデータとしての存在となってゐます。漢數字には“一” -> “壹”や“十” -> “拾”のやうに,古代中國語で同音の别字で書いてなんかカッコよくするといふ“大字”と呼ばれる記法があることはよく知られてゐますが,“七”はこの大字で“漆”と書かれます。もちろん“七”と“漆”が古代中國語で同音だったため成立するものなのですが,現代日本語では一般的なのがそれぞれ“シチ”と“シツ”で别なのでズレが生じてしまってゐますね。これはちゃうど“六” -> “陸”と同じ關係です。

3. 重雲:“ヂウウン”,公式譯“チョウウン”(漢音より)

これも公式が間違ってゐるものです。不安が續く。
“雲”の“ウン”は吴漢同音(現代日本語の吴音と漢音とで發音が同じ)なのでともかく,“重”は吴音が“ヂウ”で漢音が“チョウ”です。なので公式は誤り。
念のためですが,吴音と漢音はあくまで日本語の漢字音體系上の都合で存在してゐる(同じ古代中國語に由來するものが日本語の事情によって别音になってゐる)ものです。そのため,中國語の破讀(意味によって同じ漢字でも音が异なる現象)とは全く關聯してゐません。ちゃうど現代中國語にも“zhòng(おもい)”と“chóng(かさなる)”と2種類の破讀音があり,この音がなんとなく“ヂウ”と“チョウ”とに似てゐるやうに感じられるためか,“ヂウ”が“おもい”の意味で“チョウ”が“かさなる”の意味です,とかいふ嘘が廣められてゐるのをたまに見聞きすることがあります。悲しいですね。
まぁつまり,“重”の吴音はその意味に關はらず“ジュウ”なので,とりあへず正しく吴音で發音する分に意味を考へる必要はないです。漢音も意味に關はらず“チュウ”です。
(現代中國語版で“Chóngyún”だそうなので“かさなる”です,一往。)

4. 夜蘭:“ヤラン”,公式譯“イェラン”(現代中國語より)

今度の公式の間違ひは現代標準中國語“Yèlán”由來です。吴音由來,漢音由來,逐語譯由來,現代中國語由來と,偶然にもここまでで全パターンが揃ひました。やったぜ。
正しい譯は“ヤラン”ですが,“夜”も“蘭”も吴漢同音なので,このときに正しく吴音を采らうが間違って漢音を采らうが“ヤラン”です。

5. 瑶瑶:“エウエウ”,公式譯“ヨォーヨ”(不明)

なんぞ?!
これを書いてゐる時點ではまだ(プレイアブルキャラとして)實裝されてはゐませんが,公式譯があまりにも不明なので載せておきます。
私の智識の限りでは“ヨォーヨ”の由來は不明です。吴音では既出の“エウエウ”,表音表記に變えても“ヨーヨー”ですし,漢音は吴音と同音,現代中國語“Yáoyáo”の音譯なら“ヤオヤオ”か“ヤウ̈ヤウ̈”あたり,逐語譯は……あー,うん,やめておこう。
長短的に韓國語かもとも思ひましたが,“瑶”は短音らしく。だいたい“ヨォ”ってなんだ。“カービィ”の“ビィ”みたいなもの?それじゃ“ヨォー”と“ヨー”ってなにが違ふん?
强いて舉げるなら上海語あたりがその“ヨォーヨ”みないな感じの發音なんですが,あえて上海語を采用する動機がよくわからないのであまり確證はないです。ストーリーで明らかになるかもしれない。でもまぁなんだ,公式の人そこまで考へてないと思ふよ。
あと日本語版では璃月のプレイアブルキャラで唯一の非漢字表記(になる予定らしい)です。なんか事情があるらしい。つらいね。

6. 甘雨:“カムウ”,公式譯“カムウ(カンウ)”

公式が正解。全パターンに加へて不明なものまで一つづつ經由して,やっとまた正しいものが回ってきました。ただし吴漢同音なので,果たして公式が本當に正しく譯したのか偶然なのかはちょっとよく分かりません。
ちなみに《詩·小雅·甫田》に“以祈甘雨以介我稷黍”とあり,疏によると“云甘雨者以長物則爲甘害物則爲苦”だそうで,これが元ネタでしょうか。たぶん他に言及してるひとがゐるはずだけど檢索が面倒。
あと日本語ではどっちも同音になるのであまり關係ないですが,古代中國語で“雨”は名詞または自動詞の音と他動詞または非對格動詞の音の2音があります。少なくとも《詩·小雅·甫田》と同じと考へた場合は前者でせう。

7. 刻晴:“コクシャウ”,公式譯“コクセイ”(漢音より)

間違へて漢音を使ってしまったパターン2回目。
ところで“晴”の吴音は古代中國語から考へると理論上“ジャウ”のはずなのですが,《漢辭海》では“シャウ”としてゐます。よく分かりませんが積極的に逆らふ根據もないので,とりあへず從っておきませう。吴音ではよくかういふことがあるので,ちゃんと信頼できる資料を引くことが大事です。《漢辭海》は吴音の(個别字の)出典を書いてないのでそこの信頼性は微妙ですが(他のよりはマシ程度)。
いまもうちょっと考へると,濁音の清化が起きるのは語頭が多いので,《漢辭海》の出典でも語頭だったのかもしれません。さうなると今回みたいな語中では“ジョウ”(のまま)で“コクジョウ”でもいいかも。知らんが。

8. 凝光:“ギョウクヮウ”,公式譯“ギョウクヮウ(ギョウコウ)”

これも少なくとも見かけは正しいけど吴漢同音の例です。どうなんでせうね。
珍しく名前については特になにも言ふことがないですが,ところでこのひとは作中で璃月七星(リグヮツシチシャウ)の”天權“といふ立場にあります。天權は公式譯で現代中國語“Tiānquán”に由來して“テンチュエン”といふことになってゐますが,これも正しく譯すと“テンゴン”です。つよそう……!
ついでに先の刻晴さんは同じように璃月七星の“玉衡”といふ立場にあり,公式譯は現代中國語“Yùhéng”由來の“ユーヘン”ですが,正しくは“ゴッカウ”です。やっぱりつよさう……!微塵も可愛くはないが。

9. 北斗:“ホクト”,公式譯“ホクト”

漢音だと“ホクトウ”なので吴音確定で完全に正しいです。やったね公式。
まぁ“北斗”は日本語でも天體やその派生としてかなり一般的に使ふ言葉なので,それをそのまま采用しただけだとは思ひますけれども。
ではなぜ天體の“北斗”が吴音なのかは……なんででせうね。《春秋·文公十四年》にすでに“有星孛入於北斗”とありますし,漢籍由來の一般的な言葉は傳統的にだいたい吴音なので,そのへんのなんやかんやといふことなんだとは思ひますが。

10. 烟緋:“エンヒ”,公式譯“エンヒ”

理論上は吴漢同音一致です。
ただ,“緋”については《漢辭海》に吴音の記載がありません。《漢辭海》はしっかりと吴音資料にたどれるものしか載せてゐない(はずの)ため,おそらく吴音資料に確認が取れなかったものでせう。“緋”の古代中國語音は“非”、“誹”などと同じのため,吴音も演繹した理論上は“非”、“誹”などと同じく“ヒ”です。とりあへず“ヒ”としておきませう。
あと日本語版では上字が“煙”ですが,正しくは“烟”です。まぁこれについては常用漢字なので仕方ないですね。常用漢字をやめろ。
ちなみによく勘違ひされますが“烟”は簡體字ではありません。

11. 香菱:“カウリョウ”,公式譯“シャンリン”(現代中國語より)

公式の間違ひは現代中國語“Xiānglíng”由來です。團音ですね。
こちらについても“菱”は《漢辭海》に吴音が載ってゐませんが,古代中國語音が“陵”、“淩”と同じなので演繹して“リョウ”です。
漢音だと“キャウリョウ”です。叠韵っぽさが增すのでこれはこれでいいですね。いや實際は全く叠韵ぢゃないので逆にダメか?

12. 魈:“セウ”,公式譯“セウ(ショウ)”

またまた理論上は吴漢同音の正解です。
ただしこれは《漢辭海》に吴音がないだけにとどまらず,“魈”そのものがありません。なので吴音も漢音もわかりません。
仕方ないので全て演繹で求めると,古代中國語音が“消”、“逍”と同音なので,吴音も漢音も“セウ”になります。

《漢辭海》に無いのなら他の(もっと多く載ってゐる)漢和辭典を引けばいいと思ふかもしれませんが,さういふ大型の辭典はたいてい信用性が死んでゐますし,そもそもそこにあるのはどうせ資料音ではなく演繹音,つまり古代中國語から理論的に求めたもので,實際の日本語資料をちゃんと調べたものではないです。それなら直接に導出したほうが早いので私はさうしてゐます。

13. 辛焱:“シンエム”,公式譯“シンエム(シンエン)”

吴漢同音正解が續きます。
またまた“焱”は《漢辭海》に吴音がありませんが,これについては古代中國語音から導く必要もなく,“炎(のうちの一義)”の异體字なのでそこから“エム”とわかって終はりです。簡單。
このひとも日本語版の下字が“炎”になってゐますが正しくは“焱”です。もうちょっと詳しく言ふと,繁體字にも“炎”はありますが“焱”とは違ふ言葉(意味も發音も别)に使はれます。現代日本語でいふ“ほのほ”の意味では“焱”(または“焰”)で,“あつい”や“もえる”などの場合は“炎”です。今回は前者ってことですね。

14. 申鶴:“シンカク”,公式譯“シンカク”

公式正解です。一往。
ただし相變はらず“鶴”は《漢辭海》に吴音が存在せず,そのため古代中國語同音の“涸”(のうち一音)から求め……たいのですが,少し問題が。理論上は“涸”の吴音は“ガク”のはずで,それを使はうかとも思ったのですが,《漢辭海》は“涸”の吴音を清化した“カク”としてゐるのです。試みに《日國》や《大辭林》で,下字が“鶴”でかつ上字が吴音で發音されてゐる例を探してみると,“群鶴”、“玄鶴”、“别鶴”など,また人名で“(井原)西鶴”や“慧鶴”などが該當し,すべて“カク”でした。前3者は現代日本語で漢音がお亡くなりになってゐる例なので眉に唾をつけてみるとしても,後2者は層として少なくとも漢音のつもりだったといふのは考へづらいです(ただし吴音のつもりでもなかったといふのはありえる)。つまり,よくわかりません。
いまはひとまず“シンカク”がでっかいastérisqueがついた正解といふことにしておきませう。なので公式も一往は正解と。いや,どっちにしろ漢音は確定で“シンカク”なので漢音かもしらんけど。

15. 鍾離:“シュリ”,公式譯“ショウリ(漢音より)

間違って漢音の3回目。確定漢音は久しぶり。
詳細は念のために伏せますが别名も漢音です。

16. 胡桃:“ゴタウ”,公式譯“フータオ”(現代中國語より)

公式譯は現代中國語“Hú Táo”に由來する間違ひです。璃月では貴重な作品内呼稱が姓名の兩方あるひと。
正しい譯を自分で考へてて“ゴトーって誰だよ”と言ひそうになりましたが,それが正しいのでしかたない。漢音でも“コタウ”だし。誰だよ。
“桃”の吴音は理論上は“ダウ”ですが,相變はらずなぜか清化してゐます。なので刻晴さんと同じく“ゴダウ”でも惡くはなさそう。つよさう……いやマジで誰だよ。

17. 行秋:“ギャウシュ”,公式譯“ユクアキ”(逐語譯より)

公式は訓讀みといふ名の逐語譯。漢音の“カウシウ”でもそんなに惡くはないと思ふのですが……。
ここでなんと《漢辭海》に“秋”の吴音が書いてありませんでした。類例は今までに何度もありましたが,流石にここまで基本的な漢字(形態素)の吴音が現代まで傳はってゐないとはなかなか考へにくいので結構ビックリです。しかも“春”はちゃんと記してあるのに。
しかも古代中國語同音演繹法も微妙です。一往,同音の字に“萩”や“鰌”などがあるのですが,これらについても《漢辭海》に吴音は未記載。しかたないので近音の“酒”、“手”、“周”などに手を伸ばして“シュ”といふことにしました。ただ,“公羊傳(クヤウデン)”が吴音なのに“春秋(シュンジウ)”が漢音なのは不思議なので,やっぱり吴音も(漢音と同じく)“シウ”なのかも。
“行”に關しては古代中國語で4音あったことから吴音は(4つのうち2つづつ合流して)“ガウ”と“ギャウ”の2音ありますが,現代中國語が“Xíngqiū”とのことで,該當するのは“ギャウ”のはうです。漢音だと4音が全部おなじ“カウ”なので考へることが少ない。

18. 雲堇:“ウンキン”,公式譯“ウンキン”

巨大なastérisqueつきの正解。ホントか?
《漢辭海》,吴音ない,“饉”、“覲”と同音,とまではここまででよくあるパターンですが,“饉”の吴音(キン)と“覲”の吴音(ゴン)が一致しない初めてのパターン。現實的にはよくあるんですけれども。理論的には“ギン”もありうるんですが例を優先し今回は除外。
“饉”をとると公式が正解して“覲”をとると不正解,といふ究極の2擇になってしまひましたが,まぁおまけして正解あつかひするために“饉”の“キン”といふことにしておきませう。いやどうせ漢音の“ウンキン”なんだらうけどさ。
このひとも作品内呼稱が姓名の兩方ある貴重なひと。そもそも他のひとも姓はちゃんと設定されてあるんでせうか?譯語がもっと大變なことになりさう……。
日本語版の下字は“菫”になってゐますが正しくは“堇”。异體字的に少しめんどくさい關係なので詳細は割愛。これはUnicodeは惡くない。漢字が惡い。だから廢止しよう。よし,ノルマ達成。

公式譯の成績

  • 確定で正解(2名):白术、北斗
  • 正解かも(7名):甘雨、凝光、烟緋、魈、辛焱、申鶴、雲堇
  • 確定で不正解(9名):七七、重雲、夜蘭、瑶瑶、刻晴、香菱、鍾離、胡桃、行秋

正解 + 準正解と不正解とでちゃうど半半になりました。微妙……。
漢音を正解とする場合は,白术さんと北斗さんの2名が不正解になる代はりに,重雲さんと刻晴さんと鍾離さんの3名が正解に入ります。あんまり變はんないね。

まぁここまでいろいろ書いておいてなんなんですが,キャラ名の公式譯といふのは正しさだけでなくいろんな觀點をもって決められるものです。その“觀點”がなんなのか外からはわからないのが少しもどかしいですが,これはこれとして受け入れませう。なにより,《原神》自體はめっちゃ面白いです。正直,時間がなくなるのでもう少し面白くなくしてほしい(?)

まぁなんにせよわたし音聲を中國語にしてるので日本語譯どうでもいいんですが。