実際の「漢字の本来の読み方」①

ほんとうは怖い 漢字の本来の読み方

  前回の記事のおまけとして,「ねとらぼ」であげられた漢字(列)の本来の読みを書いていきたいと思います。

  EMC 音の出典としては主に《広韻》を,日本語漢字音の出典としては《漢辞海》を使います。EMC 音ははじめ反切*1と隋拼*2であげますが,以降は隋拼のみで記述します。

  なお,いくつかの漢字について主に呉音が《漢辞海》に載っていないこともありますが,それについては EMC からの推定で導出し,その音には「*」をつけました。

 

  前回から引き続き強調しますが,「本来の読み」なんてもの大して意味はありません。 「へぇそうなんだうけるね」くらいの心持ちで読んでくださいな。

 

 

「重用」

⟨重⟩

直容切 dryoŋ,呉音 ジュウ,漢音 チョウ
直隴切 dryóŋ,呉音 ジュウ,漢音 チョウ
柱用切 dryòŋ,呉音 ジュウ,漢音 チョウ

⟨用⟩

余頌切 jyòŋ,呉音 ユウ,漢音 ヨウ

 

  ⟨重⟩ には EMC 音が 3 つあり,それぞれ違う意味を持ちます。漢字の中には,この ⟨重⟩ の様に,それぞれ意味の違う複数の音を持つことがあります。これを「破音字」や「破読字」などと言います*3

  一方で,日本語漢字音の呉音、漢音、慣用音などの様に,それら複数の音に意味の違いが無いものもあります。それぞれの意味が異なるかどうかに関わらず,単純に漢字が複数の音を持つ場合,これを「多音字」や「多読字」などと言います。

  念のためですが「破音字⊂多音字」です。意味が違わないのだけを指す言いかたは知りません。

 

  さて,「重用」についてですが,本当なら ⟨重⟩ が破音字のために,この「重」が dryoŋ/dryóŋ/dryòŋ のどの言葉(音+意味)なのかを考えなければなりません。しかし,これそれぞれ平声、上声、去声と声調が違うだけなので,幸いにもどれであっても日本語漢字音は呉音がジュウ,漢音がチョウとなり,この作業は飛ばすことができます*4

  ⟨用⟩ は単音なので特に考えなくても大丈夫です*5

  そして,本来の日本語漢字音は強引な解釈をすれば漢音なので,「重用」の本来の読みは「チョウヨウ」である,ということになります*6

 

  ところで,たまに「本来『ジュウ』は【おもい】で『チョウ』は【かさねる】なので『重用』は『ジュウヨウ』で『重複』は『チョウフク』が正しい。」という様な言説を目にすることがあります。しかし先に述べた様に,「ジュウ」と「チョウ」は呉音と漢音の違いで,これ(だけで)(破音ではない)ただの多音なので,本質的に意味の違いがあるとは言えません。実際,「五重塔」は【かさねる】なのに「ゴジュウノトウ」と,「貴重」は【おもい→おもんじる】なのに「キチョウ」と読まれることが多いです。

  呉音と漢音,また慣用音などの読み分けは,元来「層」に依存したものです。つまり,たとえばかつて多くの寺院などでは呉音が使われていて,その名残りとして今でもほとんどの仏教用語は呉音で読まれている,といった様なものです。ただし,もともとは「仏教用語だから」呉音で読まれていたのではなくて,単に寺院ではすべて呉音で読むものだったから仏教用語も(寺院では)必然的に呉音で読まれただけ,というのを間違えてはいけません。それが,いまの「呉音や漢音といったものを意識しないで,あるいはこだわらないで,そのままの読みで読む」という慣習によって逆に「読み分け」が成立しているとい言えるでしょう。

 

  なお,「呉音や漢音などはただの多音なので本質的に意味の違いは無い」と言いましたが,これはあくまでも本来の話であって,たとえば【おもい】に「ジュウ」が,【かさねる】に「チョウ」が専ら使われることが慣習化することによって,二次的に意味の違いとして定着すると言ったことは十分にありえます。いまのところ,そうはなっていない様ですが(それが慣習化しているのなら「重用」が「チョウヨウ」と読まれることはないでしょう)。

 


「荒らげる」

  訓読みなんて知りません。好きにしてください。

  ……一往,《日国》には「あららげる」で出ますし,また「あらげる」は「あららげる」から変化したものと言っていますから,それに従えば「あららげる」なのでしょう。

  といっても,それは言葉としての話で,こっちは表記(の読みかた)の話です。なので「あららげる」を意図して「荒らげる」と書いてあるものについては「あららげる」が本来だと言えますが,「あらげる」を意図して「荒らげる」と書いてあるものについては,少なくとも読みかたは「あらげる」が本来でしょう。つまり,「荒らげる」だけではどっちが本来かわかりません。……ほら,訓読み滅ぼしたいでしょう?

 

  ちなみに「送り仮名」というものは,今でこそ言葉が活用で変化する部分を仮名で書いて……と割と決まっていますが,むかしは全然そういうことなくて,かなりテキトーに書いていました。なので送り仮名で判別するのもやっぱり無理です。ホントやめろこれ。

 

 

「漏洩」

⟨漏⟩

盧候切 lù,呉音 ロ,漢音 ロウ

⟨洩⟩

餘制切 jièi,呉音 *エイ,漢音 エイ
私列切 siet*7,呉音 *セチ・*セツ,漢音 セツ

 

  ⟨漏⟩ は単音ですが,⟨洩⟩ は残念ながら多音です。しかも jièi/siet は日本語漢字音にちゃんと違いが反映されるタイプなので,しっかり検証しなければなりません。

  といっても,これは簡単です。siet の方は【もれる】とかいろいろと意味がありますが,jièi の方は固有名詞(ここでは地名と苗字)と「洩洩」という言葉にだけ使われる音なので,ここでは自明に siet だとわかります。

  で,対応する漢音をあわせて「ロウセツ」です。

 

  ところで siet の対応する呉音を 2 つ書きましたが,EMC と日本語漢字音,特に呉音との対応関係は,なにぶん(はじめは)耳でうつしたものですから,この「セチ・セツ」の様な「揺れ」があることがあります。仕方ないですね。

 


「白夜」

⟨白⟩

傍陌切 brak,呉音 ビャク,漢音 ハク

⟨夜⟩

羊謝切 jià,呉音 ヤ,漢音 ヤ

 

  両方とも単音なので,自明に漢音は「ハクヤ」です。やったね。

 


「矜持」

⟨矜⟩

巨斤切 giən*8,呉音 *ゴン,漢音 *キン
巨巾切 grin*9,呉音 ギン,漢音 キン
居陵切 kiəŋ,呉音 コウ,漢音 キョウ

⟨持⟩

直之切 driə,呉音 ジ,漢音 チ

 

  ⟨矜⟩ が多音字です。giən と grin は両方とも【ほこのえ(矛の柄)】で,kiəŋ は【あわれむ】とか【つつしむ】とか【ほこる】とかいう意味です。「矜持」は自負とかそういう意味なので,この場合は【ほこる】で kiəŋ になります。ところで,「ほこのえ」と「ほこる」とで日本語もなんか意味深ですが,なにか関係あるんですかね。

  ともかく,あとは ⟨持⟩ は単音字なので,そのまま漢音を合わせて「キョウチ」となります。

 

 

まだまだあるんでたぶんつずきます。

 

 

参考文献

佐藤進、浜口富士雄. (2011). 《全訳漢辞海》第 3 版. 戸川芳郎 監修. 三省堂.

陳彭年. (1008).《大宋重修広韻》.

—— (1013).《大広益会玉篇》.

商務印書館編輯部. (2015).《辞源》第 3 版. 商務印書館.

商務印書館、小学館. (2016).《中日辞典》第 3 版. 小学館.

小学館国語辞典編輯部. (2005).《精選版日本国語大辞典》. 小学館.

王仁昫. (706).《刊謬補欠切韻》.

*1:三国時代あたりから清代までよく使われた漢字音表記法です。《広韻》はこれを使って EMC 音を記述しています。現物にはこれで書いてあるということ以外あまり気にしなくていいです。

*2:わたしの作成した EMC 音表記法です。これで(わかりにくい)反切をラテン文字で記述しています。読みかたについては特に気にしなくていいです。

*3:「意味と音が違う」というのはつまり「言葉が違う」ということです。また,「同じ漢字が意味の違う複数の音を持つ(同じ漢字が複数の言葉を持つ)」という言いかたは漢字を中心にしたものですが,実際は前記事で述べた様に言葉が字に先行するので,「複数の言葉が同じ漢字で書かれる」の方がより正しいです。

*4:ちなみに「重用」の「重」の EMC 音は調べると dryóŋ とわかります。なぜか《漢辞海》は dryòŋ- だと主張しているんですけれども,なんでですかね。

*5:たまに,《広韻》とかに載っていない音が正解だったりすることもあるんで,そこは気をつけなければいけないです。

*6:もしくは,呉音で読んで「ジュウユウ」。まぁ強引な漢音至上主義に走らなくても,とにかく少なくとも 1 つの言葉の中で呉音漢音を混ぜるのは明らかに本来ではないです。

*7:実際の《広韻》には siet のところに ⟨洩⟩ は無いのですが,⟨洩⟩ は ⟨泄⟩ の異体字で,そっちはあるので問題ありません。昔の人は割といい加減なのでそういう「もれ」はよくあります。

*8:⟨洩⟩ の siet と同様に,《広韻》の giən のところには異体字の ⟨⿰矛堇⟩ で載っています。

*9:giən と事情は同じなんですが,⟨⿰矛堇⟩ で載っているついでに,kiəŋ のところに又音(他にこんな音があるよ,という記述)としても載っています。じゃあ最初から grin のところに ⟨矜⟩ で載せて欲しかったなキミ。